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名草の伝説 弁慶手割石〜名草巨石群にまつわる伝説  

名草の弁天さま(現在は厳島神社)の本殿の左手前に、まん中から真っ二つに割れている高さ3mあまりの巨石があります。昔、武蔵坊弁慶が「エイッ」とばかり手刀、つまり、今でいう“空手チョップ”でこの石を割ったので『弁慶手割石』と呼ばれる・・・と伝えられていますが、これはいささかマユツバものです。おそらく自然に割れたものでしょうが、昔の人が、
「大力無双の弁慶でもなければ、こんな大きい石を割ることはできないだろう」
などと話し合ったのが、いつの間にか誤り伝えられて“弁慶が割った”といわれるようになったもので、いわゆる巨人伝説の一つと考えられます。
 『弁慶手割石』すぐ後ろにあるのが“胎内くぐり”で知られる『御供石(おそなえいし)』で、高さが11m余、周囲30m以上という大きなものです。このほか『注連張岩(しめはりいわ)』『蚕種石』などがあり、奥の院には『石割楓』『御船石』『鼓石』『葛篭石(つづらいし)』などの名が付けられた巨岩、奇石が重なり合い、これらの巨石の下を、きれいな岩清水が流れています。
 この辺は大昔、水成岩の地層ができていたところへ、地下から岩漿(がんしょう)(マグマ)が盛り上がってきて、推定10万年という長い年月がかかって固まり、現在のような花崗岩地帯になったといわれています。花崗岩(かこうがん)は非常に大きな塊ですが、節理といって、割れやすい筋がついているので、そこから自然に水や空気がしみこんで割れ目が大きくなり、今のように、幾つかの大きな石に割れてしまったというわけです。
 花崗岩はこのように、他の岩石とは違った風化をすることで知られていますが『名草の巨石群』は、花崗岩特有の風化を示す代表的なものとして、昭和14年9月7日、国の“天然記念物”に指定されています。
 名草の弁天さまは、明治初年の神仏分離令で厳島神社と改称し、祭神も、弁財天から市杵島毘売命(いちきしまひめのみこと)に変わりましたが、土地の人は、今でも「弁天さま」とか「入山の弁財天」などと呼んで敬っています。
 ところで、名草の弁天さまの創建については、弘仁年間(810〜823)空海上人=後に弘法大師=が、水源農耕の守護として弁財天を祀り、初めは、この巨石をご神体として尊信したともいわれます。
* 空海上人が天女のお告げで、江ノ島で護摩をたきながら修行中、護摩をたいた灰で3体の弁財天の像をつくり、江ノ島と琵琶湖の竹生島、そしてここ(名草)に、一体ずつ祀ったという説もあります。

奥の院の『御船石』の上に、50cmほどの石のお宮がありますが、これは、元禄6年(1693)当時の領主・本庄因幡守の家老が、領地検分のために来村したとき寄進した金でつくったものといい、これが弁天さまの本宮だったといいます。
 こんな話もあります。・・・時代は移って享保16年(1731)弁天領の支配権のことで争いがおき、地元では決着がつかず、ついに幕府の評定所に持ち込まれるという騒ぎになりました。評定所というのは、江戸幕府最高の裁判所で、老中、または三奉行が、重大事件を合議したところですが、このときは三奉行、つまり、勘定奉行、寺社奉行、町奉行により評定が行われたそうで、町奉行二人のうちに有名な大岡越前守忠相がいたといいます。

 厳島神社の例祭は、現在、毎年、毎年5月の第1日曜日です。山道を700mほど行くと本殿の前に出ます。奥の院は、ここからさらに300mほど入ったところにあります。
 昭和45年3月、入山林道が開通しました。鱒の養魚場の西、大芝から、弁天さまの外側を取り巻くような形で、池の平〜白坂峠〜弁天沢〜奥の院西までの延長1.6kmの木橇道を、3.6m幅に広げて整備したもので、自動車も通れますから、車の場合はこの林道を利用されれば、奥の院のすぐそばまで行くこともできます。
 余談になりますが、・・・昭和48年に、この林道の起点の左手、冷丸地内に『名草キャンプ場』が新設されました。広さが3,124u、自家水道や共同調理場、駐車場などを完備しているほか、国旗掲揚塔や照明施設もある立派なキャンプ場です。
* 最初の方に、巨石の下をきれいな岩清水が流れていると書きましたが、もし、あなたが名草の弁天さまに行かれたら、この清水の中をよくみて下さい。各所に、ピカピカ光った砂金が見えるはずです。ずっと以前は、ここで砂金を採った時代もあるそうですが、採算倒れで中止になったといいます。

臺 一雄 著「足利の伝説、続足利の伝説、続々足利の伝説」より

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